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GL06
ケース・スタディ:グローバルな平等主義と医薬品市場
グローバル化と生活(globalizationandlife,Ferris2022)
福原正人(nonxxxizm@icloud.com) 1/18
リバタリアニズム
正しい社会は、市場で自分の才能や個性を発揮できる社会である
権利:基本的な自由、とくに「経済的自由」
義務:最低限の負担
リベラリズム
正しい社会は、どんな境遇に生まれても自分の人生に期待を持てる平等な
権利とそのための負担を分かち合う社会である
権利:基本的な自由の他に、社会権の保障
義務:社会権の保障のための追加的な負担
復習1:分配的正義1
1.どのような権利を保障してどういった義務を割り当て合うのかに関する正義を「分配的正義」と呼ぶ。 2/18
正義の二原理:
1. 基本的な自由を保障する
2. 市場で活躍する意欲や能力のある人々に平等な機会を与える
3. 現在の市場的価値にマッチしない人々の品位ある暮らしを保障する
☞なぜ平等主義?
・正しい社会を考えるときは同じ条件下で考えないとフェアではない
・生まれの境遇が分からなかったら 、不利な境遇に生まれても自分の人
生に期待できる平等な社会とそのための負担を分かち合うことに同意
復習2:J.ロールズの分配的正義論
2
3
4
2.公正な機会均等
3.格差原理
4.無知のヴェール 3/18
1. 才能や性別、人種、社会階級等、個人に責任を問えない生まれの境遇
が、人生の見通しを悪くするのはおかしい
☞正義は生まれの境遇を緩和するべき
2. 社会のメンバーが協力するためには、不利な境遇に生まれた人でも納得
できる社会関係でなければならない
☞正義は社会的協働の条件であるべき
論点:ロールズ正義論から引き出せること5
5.上記の二つの主張は、実際には1:運の平等主義、2:関係的平等主義として独立した立場として区別されているのだ
が、この講義ではその区別はそこまで問題にしないことにする。 4/18
グローバルな平等主義は成立するのか?
1. 国内社会からグローバルな社会へ
2. 医薬品市場とその制度的な問題
3. ワクチン分配と「ワクチン・ナショナリズム」
ケース・スタディ:グローバルな平等主義と医薬品市場
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・国内正義
生まれの境遇
e.g.才能や性別、人種、社会階級
人生の見通しへの影響 → これを緩和する平等な社会○
・グローバル正義
生まれの境遇
e.g.出生国の豊かさ
人生の見通しへの影響→これを緩和する平等な社会?
国内正義からグローバル正義へ
6
6.出生国が貧しい国家である場合その国家から離脱するコストが比較的に高いことを前提としておく 6/18
事例:国の豊かさと平均寿命7
7.宇佐美誠(他)『正義論:ベーシックスからフロンティアまで』法律文化社から 7/18
ロールズ自身はどう考えたのか?
・<自足的な社会モデル>
・正義はこの社会で協働する条件
・正義の二原理は国内正義のみ
↑
弟子たち(e.g.C.ベイツ、T.ポッゲ)による批判
・80年代以降のグローバル化と<政治経済的な相互依存>
・正義はこの社会で協働する条件
・正義の二原理はグローバル正義でも○
ロールズとその弟子たち
8.ロールズ正義論は(ロールズ自身の意図をこえて)グローバルに拡大適用できるという主張については、とりわ
けチャールズ・ベイツ『国際秩序と正義』岩波書店の他、伊藤恭彦『貧困の放置は罪なのか:グローバルな正義と
コスモポリタニズム』人文書店を参照のこと。 8/18
・生まれの境遇を緩和する平等な権利保障とそのための義務負担が可能と
なる制度設計の必要性。
国内社会:正義の二原理とそのための課税制度(所有権の制限)
・この議論はグローバル化による政治経済的な相互依存を念頭におけば国
境を越えて拡大適用できる
国際社会:国際(慣習)法、貿易、国際財産権などに関わる制度の変革と
そのための課税制度
→そんなことは実現可能であるのか?理想的すぎないのか?
まとめ:グローバルな平等主義
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「世界人権宣言」第25条第1項
すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族
の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身
障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保障
を受ける権利を有する。
世界人権宣言:人権と健康
9
9.世界人権宣言は、1948年12月10日の第3回国際連合総会で採択された、すべての人民とすべての国が達成すべき
基本的人権についての宣言である。いくつか解釈の余地や理論的な根拠が明らかではない条項もあるが、現在多く
の国家が批准している人権規約の基礎となっている。全文は、https://www.amnesty.or.jp/human-
rights/what_is_human_rights/udhr.html を参照せよ。 10/18
世界人口の約30%は、最低限の医薬品が入手できる状態になく、最貧国で
はこの数字が50%以上に及ぶ
(1)途上国の保険予算が少ない
国民1人当たり年間1,000円ほどしかない国家も存在する
(2)医薬品は<特許>で守られている
途上国が自前で類似した医薬品を作るのは困難になる
(3)製薬会社に途上国用の安い医薬品を開発・生産する動機がない
毎年世界の保健研究開発費の90%が世界人口の約10%に当たる先進国の
生活習慣病に使われている
事例:公衆衛生と医薬品市場10
10.https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/else/topics/owh_linkclub.html を参照 11/18
特許は、製造、開発、価格設定などの独占権を指す
とりわけ開発に関わる「知的財産権」を保障する
所有権と同様に、それ自体が不正な制度というわけではない
しかし、この特許保護の結果として医薬品は途上国に行き渡りづらい
医薬品の特許とは10
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国際機関が大量購入を引き換えに製薬会社から安く買い上げ
e.g.ユニットエイド(UNITAID)による価格引き下げ例
①小児エイズ治療薬の80%
②マラリアの最良治療薬の80%、
③エイズ第二選択薬の60%、
④最新の結核診断検査費用の40%
☞財源は<航空券連帯税>から拠出
→導入国に離発着する航空券に低率課税
解決策(a):大量購入による価格引き下げ
11
12
11.ユニットエイドについてはhttps://unitaid.org/ を参照
12.航空券連帯税とは、国連ミレニアム開発目標を達成するための革新的資金メカニズム「国際連帯税」の一環とし
て導入された税制度。これを導入している国を発着する国内・国際線チケットに低率の(4€〜40€)課税。現在
は、フランス、韓国、チリ、カメルーン、ニジェール、モーリシャス、マリ、マダガスカル、コンゴ共和国などが
導入している。なお日本は未導入とのこと。国際連帯税については、http://isl-forum.jpが 詳しい。 13/18
ユニットエイドの問題
安い医薬品が開発・生産されないという市場の歪みを放置
→財源は、大量購入ではなく製薬会社に安い医薬品を開発・生産する動機
付けに使用する方が望ましい可能性がある
e.g.ヘルス・インパクト・ファンド
医薬品の効果(どれだけの人命が救われたのか)に応じて報奨金を与える
ことで、製薬会社にとって安い医薬品を開発・生産することがビジネスに
なる市場へ改革するべき
解決策(b):医薬品市場の改革
13
13.Banerjee, A., Hollis, A., & Pogge, T. (2010). The Health Impact Fund: incentives for improving access to
medicines. The Lancet, 375(9709), 166-169. 14/18
途上国の人々が可哀想だからではなくその暮らしぶりを改善する制度や
政策が必要である理由を提示
その際に国内正義を導出するベーシックな議論を国際社会に一貫した形
で適用できることを主張する
e.g.功利主義:正義=社会全体の幸福最大化
e.g.平等主義:正義=生まれの境遇を緩和する平等な権利保障とそのた
めの義務負担
まとめ(2)
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国内社会と国際社会では事情が異なる?
国家は正義にとって特別な場所である?
そんな単純な話なのか?
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参考:概略フローチャート
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ケース・スタディ:グローバルな平等主義とその批判
グローバル化と生活(globalizationandlife,Ferris2022)
福原正人(nonxxxizm@icloud.com) 18/18

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