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学校選択問題のマッチング理論分析

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↓の第4章に所収された同名の論文の草稿

現代経済学の潮流2014, 東洋経済新報社, 2014.
http://www.amazon.co.jp/dp/4492314474/

論文内容を要約した報告スライドはこちら:
http://www.slideshare.net/YosukeYasuda1/ss-54841742

Publicada em: Economia e finanças
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学校選択問題のマッチング理論分析

  1. 1. 1 第◇章 学校選択問題のマッチング理論分析1 安田洋祐(政策研究大学院大学) マッチング理論は,人と人,人と組織など,二つのグループのメンバー同士 をパートナーとしてマッチさせる問題を幅広く扱うゲーム理論の一分野である. この枠組みで公立学校選択制を初めて分析した Abdulkadiroğlu and Sönmez [2003]以来,学校選択問題の研究は短期間で著しい発展を遂げ,現実の制度設 計や変更にも影響を与えてきた.米国のニューヨーク市やボストン市の学校選 択制には,マッチング理論で提唱されたアルゴリズムがすでに用いられている. 本稿では,マッチング理論にもとづく学校選択問題の基本モデルをわかりやす く解説した上で,近年の新たな研究動向を紹介していく.特に,学校側が生徒 に対して持っている優先順位における同順位の存在と,くじを用いた同順位の 解消がもたらす様々な影響について分析する.これらは現実の学校選択問題で 見られる顕著な特徴のひとつであるが,マッチングの経済分析では最近までほ とんど研究されてこなかった.同順位の存在を考慮に入れた一連の研究は,ニ ューヨーク市とボストン市で採用され,理論的にも望ましいと信じられてきた マッチング方式の問題点を明らかにしつつある.これは,現実の状況を虚心坦 懐に分析することの重要性と,制度設計の難しさを物語っている. 1 本稿は,2013 年 9 月 14 日〜15 日に神奈川大学で開催された,日本経済学会 秋期大会における特別報告論文の改訂版である.本文で紹介される著者の研究 の一部は,科学研究補助金の若手研究(スタートアップ)「望ましい学校選択制 度設計:マッチング理論によるアプローチ」からの支援を受けている.
  2. 2. 2 1. はじめに 学校選択制とは,公立学校へ通う生徒たちが従来の通学区域にしばられるこ となく複数の選択肢の中から学校を選べるようにする教育制度である.1980 年代後半から各国で導入がスタートした学校選択制は,多くの国において教育 問題の中心的なテーマとして高い関心を集めている.日本でも,1998 年の三重 県紀宝町を皮切りに全国で導入が進められており,学校選択制が教育の質や学 校間格差に与える影響などを中心に活発に論争や研究が行われてきた.しかし ながら,従来の議論においては学校選択制という制度自体の是非にもっぱら関 心が集まり,本稿の焦点である「学校選択制を仮に実施するとすれば,どのよ うなマッチング方式を採用すればよいか」という,制度選択や制度設計の視点 は欠けていたように思われる. これとは対照的に,米国ではマッチング理論研究から得られた知見が,現実 の学校選択制の制度設計に活用されている.ニューヨーク市やボストン市では, ハーバード大学のロス教授を中心とする経済学者グループの政策提言を受けて, (伝統的な)マッチング理論が提唱するマッチング方式が実際に採用された. 以下では,こうしたマッチング理論の視点から,学校選択問題および学校選択 制の制度設計について論じていくことにする2.まず第 2 節で,Abdulkadiroğlu and Sönmez [2003]によって定式化された,学校選択問題の基本モデルを丁寧 に解説する.その上で第 3 節では,著者自身の研究にも触れながら,近年の新 たな研究動向を紹介していく.本稿で展開される学術研究の多くは,学校選択 制を設計する,という強い実践的な動機にもとづいている.これらの研究成果 は単なる学術的関心にとどまらず,現実の制度設計を考える上で,重要な示唆 を含んでいると言えるだろう. 2 マッチング理論の近年の発展と,学校選択制を含む現実の制度設計(=マー ケットデザイン)への応用については,Abdulkadiroğlu and Sönmez [2013] や Sönmez and Ünver [2011]が詳しい.日本語による解説は小島・安田[2009] や安田[2013],書籍には坂井[2010; 2013]がある.また,学校選択制に焦点を あてた展望論文として Abdulkadiroğlu [2013]や Pathak [2011]が,書籍に安田 [2010]がある.日本の学校選択制については Kawagoe et al. [2013]も参照.
  3. 3. 3 2 基本モデル 2.1 学校選択問題の基本モデル 公立学校選択制が明確な理論モデルを用いて分析されるようになったのはそ れほど古いことではなく,Abdulkadiroğlu and Sönmez [2003]を嚆矢とする3. 彼らは,ゲーム理論で古くから知られていたマッチング理論が,学校選択制の 分析にうまく応用できることをはじめて指摘した.本節では,その後の学校選 択制研究の理論的展開を支えることになった基本(マッチング)モデルを, Abdulkadiroğlu and Sönmez [2003]の定式化に即して概観していこう. いま,ある仮想的な地域に,複数の (1) 生徒たちと複数の (2) 公立学校が存 在しており,各生徒は最終的に必ずどれか 1 つの公立学校に割り当てられなけ ればならないとする4.これが可能となるために,学校ごとの生徒の (3) 受け 入れ可能人数(定員)を地域全体で足し合わせた合計が,地域全体の生徒数以 上である状況を考えよう5.ここで,各生徒がそれぞれ 1 つの学校に割り当てら れており,どの学校もその学校に割り当てられた生徒数が定員を超えないよう な任意の割り当て結果を,(実現可能な)マッチングと呼ぶ. 各生徒,あるいは保護者は,地域内のすべての学校に対して厳密(strict)な (4) 選好順位を持つと仮定する.選好順位は,各生徒の希望する学校のランキ ングを表し,それが“厳密である”とは,行きたい学校の順位付けが明確に決ま っていて,同順位の学校がないような状況を指す.具体的な選好順位を表記す る必要がある場合には,次のように書くことにする. 生徒 1: 学校 A — 学校 B — 学校 C これは,「生徒1の第一希望は学校 A,第二希望は学校 B で,第三希望が学校 C である」という生徒 1 の好みを表している. 3 関連する先駆的な研究として,大学入学の問題を分析した Balinski and Sönmez [1999]を挙げておく. 4 公立学校への入学を拒否して,私立学校などへ行く生徒はここでは除外する. 5 現実に,公立学校選択制を導入している自治体はこの仮定を満たしている.
  4. 4. 4 各学校は,外生的に与えられた定員に加えて,生徒に対してそれぞれ厳密な (5) 優先順位を持っていると仮定する6.たとえば, 学校 A: 生徒 1 — 生徒 2 — 生徒 3 定員 2 と書いた場合,それは「学校 A の生徒に対する優先順位は生徒 1,生徒 2,生 徒 3 の順で,定員数は 2 である」ことを意味する.実際には,個々の学校が持 つ優先順位は厳密な順位からはほど遠く,同じ優先順位に該当する同条件の生 徒が多数存在する.また,第 3 節で詳しく述べるように,同順位が存在する現 実的な状況では,くじを用いた同順位の解消に伴い様々な興味深い問題が発生 することが知られている.ここでは単純化のために,学校が生徒たちに対して 予め厳密な優先順位を持っていると仮定しよう. 以上をまとめると,学校選択問題の基本モデルは次の 5 つの要素から成る. (1) 有限の生徒の集合 (2) 有限の学校の集合 (3) 個々の学校の定員 (4) 個々の生徒の学校に対する(厳密な)選好 (5) 個々の学校の生徒に対する(厳密な)優先順位 【基本モデルの 5 つの要素】 このセッティングの下で,マッチングは「どの生徒がどの学校に行くか」を指 定する関数として表すことができる.具体的な割り当て方として, 学校 A - 生徒 1,生徒 2 学校 B - 生徒 3 学校 C 6 後述するように,多くの自治体において,これらの優先順位は学校外部の事 情に依存して決められており,各学校に裁量の余地はない.
  5. 5. 5 と書けば,それは「生徒 1 と 2 を学校 A に割り当て,生徒 3 を学校 B に割り 当て,学校 C にはどの生徒も割り当てない」というマッチングを意味する. ところで,学校選択問題では,各学校が複数の(=many)生徒を採用でき る一方で各生徒はひとつの(=one)学校としかマッチできない.こういった ケースをマッチング理論では,多対一(many-to-one)マッチングと呼んでい る.現実には,多対一の他にも,男女のマッチング(結婚市場)のように,ど ちらのサイドも一人のパートナーとしかマッチできない一対一(one-to-one) の状況や,作家と出版社のマッチングのように,どちらのサイドも潜在的には 複数のパートナーとのマッチが可能な多対多(many-to-many)のような状況 も考えられる.これらは,学校選択問題の基本モデルである多対一マッチング の特殊ケース,および一般化と考えることができる. 2.2 効率性と安定性 学校選択問題をどのように数学的に表現すればよいかが分かったところで, 次にマッチングの望ましさを評価するための基準について見ていきたい.具体 的な状況をイメージする方が理解しやすいため,以下の単純な例を用いながら 説明していこう.生徒が 3 人で学校が 3 校,すべての学校の定員が 1 人ずつで, それぞれの選好および優先順位は以下で与えられるとする. 生徒 1: 学校 B — 学校 A — 学校 C 生徒 2: 学校 A — 学校 B — 学校 C 生徒 3: 学校 A — 学校 B — 学校 C 学校 A: 生徒 1 — 生徒 3 — 生徒 2 定員 1 学校 B: 生徒 2 — 生徒 1 — 生徒 3 定員 1 学校 C: 生徒 2 — 生徒 1 — 生徒 3 定員 1 【例 1:単純な学校選択問題】 この状況で実現可能な 3×2 = 6 通りのマッチングのうち,次の割り当てをま ずは考えてみよう.説明の都合上,これを<M1>と呼ぶことにする.
  6. 6. 6 学校 A - 生徒 1 学校 B - 生徒 2 学校 C - 生徒 3 【マッチング<M1>】 いま仮に,この<M1>から以下の<M2>へと生徒の割り当て方法が変わっ たとしよう.このとき,各生徒の学校に対する選好順位はどのように変化する だろうか. 学校 A - 生徒 2 学校 B - 生徒 1 学校 C - 生徒 3 【マッチング<M2>】 生徒 3 が割り当てられる学校は変化していないものの,生徒 1 と 2 はともに 第二希望から第一希望の学校へと割り当てが改善することがわかる.つまり, <M1>から<M2>への移行によって,どの生徒の満足度も下げることなく, 一部の生徒たち(この例では生徒 1 と 2)の満足度を高めることができるのだ. 経済学では,このような改善をパレート改善と呼び,<M2>は<M1>をパレ ート支配する,という風に表現する.一般に,あるマッチングが他のマッチン グをパレート支配するならば,効率性の観点からは前者の方が後者よりも明ら かに望ましいと言えるだろう.この性質を定義すると,以下のようになる. 定義 1 (マッチングの効率性) 任意の 2 つのマッチング A と B を考える. マッチング A において,どの生徒もマッチング B で割り当てられている学校よ りも低い選好順位の学校に割り当てられることなく,少なくとも 1 人の生徒が マッチング Bで割り当てられている学校よりも厳密に高い選好順位の学校に割 り当てられるとき,マッチング A はマッチング B をパレート支配すると言う. あるマッチングがパレート効率的であるとは,それをパレート支配するマッチ ングが一切存在しないことを言う.
  7. 7. 7 すべてのマッチングが(別のマッチングから)パレート支配されることはあ り得ないため,どんなマッチング問題にも必ずパレート効率的なマッチングが ひとつは存在する.ここでは,上述した 2 つのマッチングが,パレート効率的 かどうかを検証してみよう.まず,<M1>は<M2>にパレート支配されてい るため,パレート効率的ではないことがただちにわかる.<M2>において,生 徒 1 と 2 はすでに第一希望の学校に割り当てられているので,誰か(ここでは 生徒 3)をこの状態よりも厳密に改善しようとすると,必ず他の誰か(生徒 1 または 2)の割り当てが現状より悪化してしまう.このことから,<M2>をパ レート支配するようなマッチングは存在しない,つまり<M2>はパレート効率 的であることが確認できた.では,パレート効率性を満たす<M2>は,望まし い割り当て結果であると言い切ることができるだろうか. もしも<M2>が実現したとすると,生徒 3 が次のように主張するかもしれ ない.「自分よりも学校 A における優先順位が低い生徒 2 が学校 A に行けるの に,自分が学校 Aよりも選好順位の低い学校 Cに行かされるのはおかしい」と. このように,いま自分が割り当てられている学校よりも行きたい学校に,自分 より低い優先順位を持った生徒が割り当ててられている(または定員の空きが ある)ならば,不公平が生じることになるだろう.逆に,こうした理不尽な思 いをする生徒が一切存在しないのであれば,皆が納得感を持っていると考えて もよいことになる.この性質は,安定性として以下のように定義される. 定義 2 (マッチングの安定性) 任意のマッチングにおいて,生徒 i が現在 割り当てられている学校とは別の学校 s をより好み,さらに s の定員に空きが ある,あるいは s に割り当てられている生徒の誰かよりも i の優先順位の方が 高い場合に,生徒 i と学校 s の組は元のマッチングをブロックする,と言う. あるマッチングが安定(stable)であるとは,それをブロックする組が一切存 在しないことを言う7. 7 正確に言うと,各生徒や各学校が自発的に割り当てを解消することで改善す ることがない,という追加的な条件(個人合理性)が,従来の安定性の定義に は含まれている.ただし,本稿で扱う学校選択問題では個人合理性が自動的に
  8. 8. 8 マッチングが安定であるとき,そのマッチングを安定マッチングと呼ぶ.安 定あるいは安定性は,標準的なマッチング理論で使われている名称だが,学校 選択問題の文脈では,さきほど述べた「不公平が生じないマッチング」という 解釈に基づき,「正当化される羨望(justified envy)がない状態」と表現され る場合も多い8.本稿では混乱を避けるため,前者の安定性を一貫して用いるこ とにする.学校選択問題における安定性は,本来優先権をもっている生徒が希 望する学校に入学することができない,という意味での不公平が発生しないこ とを保証する,公平性の概念と考えることができるのである. 2.3 DA 方式 先ほど述べたように,パレート効率的なマッチングはどんなマッチング問題 にもひとつは存在する.一方で,安定マッチングについては,(定義からは)す ぐに存在するかどうかを判断することはできない.果たして安定マッチングは 常に存在するのだろうか.また,存在するとしたら,簡単に見つけ出すことが できるのだろうか.マッチング理論のパイオニアである Gale and Shapley [1962]は,まさにこの疑問を解決することでマッチングの分野を切り開いた. 定理 1 (安定マッチングの存在) 学校選択問題には,必ず安定マッチング が存在する.一般には複数存在しうる安定マッチングのうちのひとつは,以下 で定義される受け入れ保留(deferred acceptance)方式(略称:DA 方式)9と いうアルゴリズムによって見つけることができる. 満たされるので,以下ではこの性質には言及しない.学校選択問題における安 定マッチングは,コアと一致することを簡単に示すことができる. 8 論文によっては,ある生徒が他の生徒を羨望する場合のみを指して,正当化 される羨望と呼ぶことがある.この場合,定員に空きがあるかぎり入学希望者 を受け入れるという性質を non-wastefulness と呼んで,正当化される羨望(の 非存在)と区別する. 9 DA 方式は,より正確には生徒提案の(student proposing)DA 方式と呼ば れる.本稿では生徒提案の場合しか扱わないため「DA 方式」とのみ表記する. これは,考案者たちの名前を取って Gale-Shapley アルゴリズムとも呼ばれる.
  9. 9. 9 定理 1 がなぜ成り立つのかを示すには,まず DA 方式とは何かを説明しなけ ればならない.このアルゴリズムを実行するには,学校選択制を運営する主体 (自治体)が,各生徒の選好と各学校の優先順位および定員の情報を集める必 要がある.そしてこの情報をもとに,以下の手続きを行うことになる10.なお, ステップ 2 以降は全て同様なので,一般的にステップ t と表記した. ステップ 1 各生徒は,自分の第一希望の学校に応募する.各学校は,応募し てきた生徒の中から,学校の優先順位の高い順に収容定員の範囲内で応募者た ちに“暫定的に”席を割り当て,残りの応募者を拒否する. ステップ t ステップ t – 1 で拒否された各生徒は,まだ自分を拒否していな い学校の中から自分の第一希望の学校に応募する.各学校は,すでに暫定的に 席を与えている生徒たちと新たな応募者の両方を合わせて考慮に入れて,学校 の優先順位の高い順に収容定員の範囲内で応募者たちに暫定的に席を割り当て, 残りの応募者を拒否する. 終了ルール 新たに学校から拒否される生徒が一人もいなくなった時点でア ルゴリズムが終了する.各学校は,その時点で暫定的に席を割り当てている生 徒たちの入学を正式に許可する. 【DA 方式の手順11】 この DA 方式の特徴はなんと言っても,途中経過における割り当てが暫定的 に過ぎない,という点だろう.個々のステップにおいて,生徒の受け入れを確 定させるのではなく,保留させるのがミソなのである.この性質こそが,最終 的なマッチング結果を安定にしてくれる鍵を握っている. なぜ DA 方式が常に安定マッチングを見つけてくれるのか,言い換えるとブ ロックが絶対に起こらないのかは,次のように示すことができる.たとえば生 10 以下では,各参加者があたかも自分で応募や拒否を行うかのように記述され ているが,これはあくまで説明の都合上による表現である点に注意して欲しい. 実際には,運営主体である自治体がすべての手続きを自ら行う. 11 アルゴリズムのわかりやすい図解が,医師臨床研修マッチング協議会のホー ムページ(http://www.jrmp.jp/)に掲載されている.
  10. 10. 10 徒 1 が,DA 方式の下で割り当てられた学校よりも学校 A を好むとしよう.も しもこのような状況が発生しているとすれば,生徒 1 は DA 方式のどこかのス テップで学校 A から拒否されていなければならない.ということは,そのステ ップで学校 A の定員は生徒 1 よりも望ましい生徒ですでに埋まっているはずで ある.アルゴリズムの性質から,各学校に暫定的にやってくる生徒はステップ を重ねるごとに改善していく一方なので,最終的に実現したマッチングでもや はり学校 A は生徒 1 よりも望ましい生徒を定員いっぱいまで受け入れていなけ ればならない.よって,生徒 1(と学校 A)がブロックすることはできない. 以上より,DA 方式で見つかるマッチングが安定であることが示された. 定理 1 によって,安定マッチングが常に存在することが明らかになったが, 実は安定マッチングはひとつであるとは限らないことが知られている.DA 方 式は,複数存在するかもしれない安定マッチングの中から特定のマッチングを 見つけ出しているのである.実はこの DA 方式の選び方は,次のような非常に 興味深い性質を持っている. 定理 2 (DA 方式の制約付き効率性) DA 方式が見つけ出すマッチングは, 安定マッチングを常に導く他のどのようなマッチング方式によって生み出され るマッチング結果もパレート支配する12. DA 方式が導きだすマッチングでは,各生徒は(複数存在しうる)安定マッ チングの下で行くことになる学校の中から,最も望ましい学校に割り当てられ るのだ.これは,DA 方式を用いると,安定マッチングの中で生徒たち全員に とって最も望ましいマッチング(これを「生徒最適な安定マッチング」と呼ぶ) が選ばれることを意味する.安定性を重視する限り,DA 方式は最も効率的な マッチング方式なのである. しかし,この生徒最適な安定マッチングは,安定では“ない”マッチング結 果によってパレート支配される危険性があることが知られている.実際に,さ 12 以下では必要に応じて,これと同じ内容を「DA 方式は,安定性を満たす他 のどのようなマッチング方式もパレート支配する」という風に表現する.定理 の証明は,Roth and Sotomayor [1990]の定理 2.12 を参照.
  11. 11. 11 きほどの例 1 において DA 方式を用いると<M1>が実現するが13,これが異な るマッチング<M2>によってパレート支配されることはすでに確認した.安定 性とパレート効率性は必ずしも両立しないのである. Ergin [2002]は,DA 方式が(安定でないものも含めたすべてのマッチング の中で)パレート効率的になるための条件を明らかにした.安定性と効率性の トレードオフについては Kesten [2010]が詳しく分析している.Kesten [2010] と Alcalde and Romero-Medina [2011]は,DA 方式をパレート支配する具体的 なマッチング方式を導いた.Kojima and Manea [2010]は,学校選択で安定性 が絶対視されないような場合に DA 方式の公理的な特徴づけを行い,どのよう な意味で DA 方式が効率性を犠牲にするのかを理論的に分析している. 2.4 ボストン方式 ここまで解説してきたマッチング理論の成果は,現実の公立学校の入学制度 にも取り入れられ始めている.その最も有名な事例が,アメリカのニューヨー ク市とボストン市で行われた学校選択制の制度変更だろう.ニューヨークでは 2003 年,ボストンでは 2005 年から,経済学者たちの助言に基づいて,旧来の 学校選択制に代わって DA 方式が使われている14.制度変更前にボストン市が 行っていた学校選択制の仕組みは非常に直感的で,他にも多くの自治体で(今 日においても)採用されている.以下では,現在「ボストン方式」と呼ばれる, この代表的なマッチング方式について見ていこう. ボストン方式は DA 方式とよく似ているが,極めて重要な 1 点において異な っている.それは,各ステップでの割り当てが暫定的ではなく,そのステップ ごとに確定してしまう,という違いだ15.一見すると些細な相違点に感じるか もしれないが,実はこれが 2 つのマッチング方式の結果や性質を大きく変える ことになる.まずは,例 1 に再び戻って,ボストン方式がどのようなマッチン 13 なぜ<M1>が導かれるのかは,DA 方式の定義から各自で確認して欲しい. 14 ニューヨーク市の制度変更は Abdulkadiroğlu, Pathak, and Roth [2005; 2009],ボストン市については Abdulkadiroğlu et al. [2005; 2006]を参照.安 田 [2010]の第 2 章および 4 章にも詳しい解説が載っている. 15 これ以外の手続きについて,両者は全く同一である.
  12. 12. 12 グを見つけ出すかを考えてみよう. 生徒 1: 学校 B — 学校 A — 学校 C 生徒 2: 学校 A — 学校 B — 学校 C 生徒 3: 学校 A — 学校 B — 学校 C 学校 A: 生徒 1 — 生徒 3 — 生徒 2 定員 1 学校 B: 生徒 2 — 生徒 1 — 生徒 3 定員 1 学校 C: 生徒 2 — 生徒 1 — 生徒 3 定員 1 【例 1:再掲】 いま,ボストン方式を用いたときに,すべての生徒が自分の選好順位に従っ て正直にランキングを提出したとしよう.このとき,ステップ 1 では,生徒 1 は学校 B,生徒 2 と 3 は学校 A に応募することになる.学校 B へ応募するの は生徒 1 だけなので,まず生徒 1 の学校 B での入学が決まる.次に,生徒 2 と 3 がともに応募した学校 A の優先順位を見ると,生徒 3 の方が 2 よりも高いの で,生徒 3 が学校 A に割り当てられる.残った生徒 2 はステップ 2 にまわり, 第二希望の学校 B に応募する.しかし, B はステップ 1 ですでに生徒 1 を受 け入れているので,生徒 2 の入学は認められない.最後にステップ 3 で,2 は 第三希望の学校 C に応募して入学が認められる.ステップ 3 ですべての手続き が終了し,最終的なマッチング結果<M3>は以下のようになる16. 学校 A - 生徒 3 学校 B - 生徒 1 学校 C - 生徒 2 【マッチング<M3>】 16 ボストン方式は,提出された選好情報に関してパレート効率性を満たす一方 で,安定性は満たさないことが明らかになっている.しかし,後述するインセ ンティブの問題から,各生徒はそもそも真の選好順位を申告するとは限らない ため,これらの性質をあまり重要視すべきではないだろう.
  13. 13. 13 2.5 インセンティブの問題 ここで,第三希望の学校 C に割り当てられてしまった生徒 2 が,自分の選好 順位を偽って,第二希望の B にステップ 1 で応募していたらどうなるだろうか. 生徒 1 と 3 の行動は以前と変わらないとすると,生徒 2 は(学校 B での優先順 位が生徒 1 より高いので),学校 B に行くことができる.つまり,戦略的にラ ンキングを操作することによって,生徒 2 は<M3>よりも自分の状況を改善 することができるのである. このような戦略的な操作というのは,決して机上の空論ではなく,現実にも しばしば行われていると考えられる.たとえば,自分の第一希望が人気校の場 合には,ステップ 1 で高い確率で落とされてしまい,結果的に非常に選好順位 の低い学校に行かざるを得なくなる危険性がある.そのため,より入学しやす い第二希望や第三希望の学校に真っ先に応募する方が,実はよい選択かもしれ ないのだ.ボストン方式のもとでは,生徒や保護者がこのような戦略的な熟慮 に頭を悩ませなければならない.しかも,他の生徒たちの行動次第で自分にと って最適な申告順位が変わってしまうという戦略的な不確実性に翻弄される. こうしたリスクに彼らを晒すことは,決して望ましい性質とは言えないだろう. 逆に,戦略的に考える必要がなく,常に自分の選好順位を正直に提出すること が最適な戦略となるようなマッチング方式は,望ましいと言える.このことを きちんと定義すると以下のようになる. 定義 3 (耐戦略性) あるマッチング方式が耐戦略性17を満たすとは,他の 生徒たちがどのようなランキングを申告していた場合でも,すべての生徒にと って,自分の選好順位を偽って申告しても絶対に得できないことを言う. この定義をふまえてさきほどの議論をおさらいすると,ボストン方式は耐戦 略性を満たさない,と言うことができる.対照的に,耐戦略的なマッチング方 式では,他人の申告の仕方を考慮して,真の選好順位とは異なるランキングを 提出するメリットが全く存在しない.つまり,すべての生徒にとって,正直に 17 耐戦略性は strategy-proofness の訳で,戦略的操作不可能性とも呼ばれる.
  14. 14. 14 自分の選好順位を提出することが(弱い意味で)得な戦略になっているのだ18. 実は,ボストン市で,旧来のボストン方式に変わって採用された DA 方式は, この望ましい性質を満たすことが知られている. 定理 3 (DA 方式の耐戦略性) DA 方式は耐戦略性を満たす19. DA 方式をはじめ,耐戦略的なマッチング方式を分析する際には,各生徒が 正直に選好順位を提出すると考えるのが自然だろう20.では,ボストン方式の ように,耐戦略性を満たさないマッチング方式の場合にはどうだろうか.ラン キングを操作すれば得することができる生徒が,それにも関わらず正直に申告 すると想定するのは不自然だろう.こうした状況で理論的な予測として使われ る標準的な概念が,以下で定義されるナッシュ均衡である. 定義 4 (学校選択問題におけるナッシュ均衡) すべての生徒にとって,他 の生徒の申告順位はそのままで,自分ひとりだけが申告順位を変えても得する ことができないとき,生徒たちの申告順位の組をナッシュ均衡と呼ぶ. 定義 4 において,申告順位が真の選好順位とは限らない点に注意して欲しい. この定義から分かるように,ナッシュ均衡では“ない”状況では,生徒のうち の少なくとも一人は,自分の申告順位を変えるインセンティブを持っている. そのため,生徒や保護者が戦略的に学校選択を行っている場合の結果の予測と しては相応しくない,と考えられる.実際にナッシュ均衡は,学校選択問題を 超えて,戦略的状況における結果の予測や説明に幅広く使われている21. 18 このことから,耐戦略的なマッチング方式では,すべての生徒が正直に自分 の選好順位を提出することが(少なくとも理論上は)期待される. 19 DA 方式の耐戦略性は Dubins and Friedman [1981]および Roth [1982]によ って明らかにされた.証明は Roth and Sotomayor [1990]の定理 4.7 を参照. 20 ただし,Chen and Sönmez [2006]や Kawagoe et al. [2013]などの実験研究 では,耐戦略的なマッチング方式のもとでも,多くの被験者が選好情報を偽っ て申告している. 21 ナッシュ均衡がなぜもっともらしい概念なのか,どういった理由で実現され
  15. 15. 15 Ergin and Sönmez [2006]は,すべての生徒がお互いの選好順位や学校の優 先順位などの情報を把握している,という完備情報の仮定のもとで,ボストン 方式のナッシュ均衡を分析した.そして,一般には複数存在するかもしれない ナッシュ均衡の集合が,安定マッチングの集合と常に一致することを証明した. つまり,理論上は,すべての安定マッチングがボストン方式のもとでは実現し うるのである.DA 方式が見つけ出す安定マッチングはそれ以外の安定マッチ ングをパレート支配する,という定理 2 を思い出すと,次の結果が導かれる. 定理 4 (DA 方式 vs. ボストン方式) DA 方式の結果は,ボストン方式の ナッシュ均衡におけるマッチング結果を(弱い意味で)パレート支配する. 最後に,本節で明らかにされた DA 方式の性質をまとめておこう. l 定理 1 DA 方式は安定マッチングを常に見つけ出す l 定理 2 DA 方式は他の安定マッチング方式をパレート支配する l 定理 3 DA 方式は耐戦略性を満たす l 定理 4 DA 方式はボストン方式を(弱い意味で)パレート支配する 【DA 方式の性質】 ボストン方式と比べて DA 方式の方が,インセンティブの面でも効率性の面で も優れていることが一目でわかる.基本モデルから導かれたこれらの一連の性 質は,ボストン市における制度変更の大きな原動力となったのである. ところが,である.実は,本節で展開された基本モデルを離れて,より現実 の学校選択制に近い状況を分析すると,これらの性質の多くが成り立たない, あるいは修正を迫られることが近年明らかになりつつあるのだ.次節では,こ の新しい展開をじっくりと見ていくことにしよう. るのか,ナッシュ均衡が複数ある場合にはどうすればよいのか,といった疑問 はいずれも重要であるが,これらの解説は本稿で扱える範囲を超えている.関 心のある読者は,ぜひゲーム理論の教科書を参照して頂きたい.
  16. 16. 16 3. 学校選択問題の新展開 3.1 くじ+DA 方式 第 2 節で概観した Abdulkadiroğlu and Sönmez [2003]の基本モデルでは, 学校の生徒に対する優先順位は厳密であると仮定されていた.ところが実際に は,生徒に対する公立学校の優先順位は粗く,多くの同順位を含んでいる.た とえばボストン市の場合には,各学校の生徒に対する優先順位は 4 つのグルー プにしか分かれていない.具体的に言うと, ① その学校の学区内(徒歩通学圏)に住んでおり,かつ兄弟や姉妹が同じ学 校に通っているグループ ② 兄弟や姉妹が同じ学校に通っているグループ ③ 学校の学区内に住んでいるグループ ④ 上記のいずれにも該当しないグループ の順番に優先権が与えられている22.このことからわかるように,実際の学校 選択では何十人,何百人もの生徒が同じ優先順位を与えられることとなるのだ. 一方,Gale and Shapley [1962]によって提案された DA 方式では,生徒の選好 および学校の優先順位は全て厳密になっていることが前提であり,同順位はな いものと仮定されている.この違いを克服するためにボストン市で採用された 運営方式では,最初にくじを用いて同順位に属する生徒たちを無作為に順位付 けし,優先順位を人工的に厳密なものに変え,その上で DA 方式によるマッチ ングを行っているのである23.この方法で見つかるマッチングは,くじ引き前 後のどちらの優先順位に対しても安定なマッチングになる点に注意しよう. 22 厳密に言うと,既にその学校に通学している生徒に対しては保証優先権 (guaranteed priority)という最も高い優先順位が与えられているが,説明上 ここでは必要がないため割愛する. 23 同順位の解消には様々な方法が考えられるが,共通同順位解消(single tie-breaking)と複数同順位解消(multiple tie-breaking)が代表的である. Abdulkadiroğlu, Che, and Yasuda [2008]は,後述する事前の効率性の観点か ら両者を比較し,前者が後者よりも効率性が高いことを示している.
  17. 17. 17 3.2 事後の非効率性 ボストン市が採用したこのくじ+DA 方式のやり方は,一見すると文句の付 けようのない方法に思えるが,実はこれは完璧な方法であるとは言えない. Erdil and Ergin [2008]は,人工的な同順位の解消を行うことによって,事後的 な効率性が犠牲になってしまう場合があることを指摘した.彼らの論文で紹介 された次の例を見てみよう. 生徒 1: 学校 B — 学校 A — 学校 C 生徒 2: 学校 C — 学校 B — 学校 A 生徒 3: 学校 B — 学校 C — 学校 A 学校 A: 生徒 1 —(生徒 2 と 3 が同順位) 定員 1 学校 B: 生徒 2 —(生徒 1 と 3 が同順位) 定員 1 学校 C: 生徒 3 —(生徒 1 と 2 が同順位) 定員 1 【例 2:Erdil and Ergin [2008]】 この例で,くじの結果により優先順位が生徒の番号順に割り振られたとしよう. つまり,同順位がある限り「生徒 1 — 生徒 2 — 生徒 3」の順番に優先順位が 与えられるとする.すると,同順位を解消した後では,各学校は 学校 A: 生徒 1 — 生徒 2 — 生徒 3 定員 1 学校 B: 生徒 2 — 生徒 1 — 生徒 3 定員 1 学校 C: 生徒 3 — 生徒 1 — 生徒 2 定員 1 という厳密な優先順位を生徒に対して持つことなる.このくじ引き“後の”優先 順位の下で,DA 方式を用いて見つけられるマッチングは 学校 A - 生徒 1 学校 B - 生徒 2 学校 C - 生徒 3
  18. 18. 18 となる.ところが次のマッチング 学校 A - 生徒 1 学校 B - 生徒 3 学校 C - 生徒 2 もくじ引き“前の”優先順位に関しては安定マッチングとなっている.しかもこ のマッチングは前者のくじ+DA 方式で発見されたマッチングをパレート支配 しているのだ.このことから,くじを用いた人工的な同順位の解消を行うと, マッチングの効率性を犠牲にしてしまう危険性があることがわかる.このよう に効率性が下がってしまう理由は,人工的に優先順位を厳密にすると,同順位 を許した優先順位の場合と比べて安定性がより厳しい条件になってしまうため, 効率性を犠牲にしないと安定性を達成できなくなる場合が生じるからである. 定理 2 で見たように,厳密な優先順位の下では DA 方式は安定性を持つ他のど のようなマッチング方式もパレート支配する.この性質は,学校選択問題で DA 方式を使うことを効率性の立場から正当化するものと考えられていた.し かしここで見たように,もしも学校の優先順位が同順位を含んでいる場合には, 効率性による正当化は正しくないことになる. この事実から出発して,Erdil and Ergin [2008]は,同順位を解消する前の本 来の優先順位に対する安定マッチングを考え,その中で最も効率的なマッチン グを発見する,安定改善サイクル(stable improvement cycles)方式(略称: SIC 方式)を提案した.この方式は,くじ+DA 方式などのアルゴリズムで安 定マッチングを見つけたあと,もしも安定性を損なわずに生徒間で学校を交換 して効率性を改善できるならば交換を繰り返し,最終的に最も効率性の高い安 定マッチングを見つけ出すというものである.「サイクル」という名前は,学校 を交換する生徒達が輪(=サイクル)を作っていることに由来する24. Abdulkadiroğlu, Pathak, and Roth [2009]は,ボストン市とニューヨーク市 24 Kesten [2010]も,SIC 方式とは異なる仕組みで,最も効率的な安定マッチ ングを見つける方法を発見している.
  19. 19. 19 のデータを用いて,SIC 方式がどの程度効率性を改善するかを測定している25. その結果,ボストン市に関してはほとんどマッチング結果に変化が見られない ものの,ニューヨーク市については無視できない効率性の改善が見られること が明らかになった.とはいえ,SIC 方式が DA 方式よりも全ての面で勝ってい るとは言えない.なぜなら,前者が耐戦略性を満たさないことが,この方式を 提唱した Erdil and Ergin [2008]自身によって指摘されているからである.こ のことを踏まえると,実際に DA 方式に変わって SIC アルゴリズムを用いるべ きかどうかは明らかではなく,十分な検討が必要だと言えるだろう.さらに, Abdulkadiroğlu, Pathak, and Roth [2009]は,くじ+DA 方式をパレート支配 し,かつ耐戦略性を満たすようなマッチング方式が存在しないことを示してい る.つまり,耐戦略性を諦めない限り,くじ+DA 方式で生じた非効率性を(常 に)改善することは原理的に不可能なのである. 3.3 事前の非効率性 優先順位に同順位が存在することは,さらに新しい興味深い問題への道を開 いている.いままでの議論ではマッチングの効率性は事後的にのみ評価されて いた.言い換えると,最終的に決定されたマッチングを見たときにそこから改 善の余地がなければ,マッチングは効率的であると考えられた.しかし同順位 がある場合のマッチング方式では,まずランダムに同順位を解消しなければな らない.つまり,学校の定員と比べて入学希望者が多い時には,抽選を行わな ければならないのである.これは,生徒たちが受け取るものは確定的に決めら れた学校(の入学権)ではなくて,複数の学校に対する確率分布であるという ことを意味する.経済学でよく知られているように,事前の効率性は事後的な 効率性を保証するが,逆は必ずしも成立しない.そこで,個々の生徒が直面す る確率的な割り当てを分析するために,事後だけでなく事前の視点から効率性 を分析する研究が,この数年で急速に増えてきている.以下では,その契機と なった著者自身の研究を紹介しよう. Abdulkadiroğlu, Che and Yasuda [2008; 2011](以下では ACY と略記する) 25 ただし彼らは,各生徒が(耐戦略性を満たさない)SIC 方式でも依然として DA 方式と同じく正直に選好を申告する,という仮定をおいている.
  20. 20. 20 は,各学校に対する生徒たちの選好順位,つまり序数的な好みだけではなく, その選好の強さまで考慮に入れると,DA 方式に事前の非効率性が発生するこ とを明らかにした.まずは彼らの論文で紹介された以下の例を見てみよう. 学校 A 学校 B 学校 C 生徒 1 4 1 0 生徒 2 4 1 0 学校 3 3 2 0 【例 3:生徒の学校へ対する好みの強さ】 各学校の定員は 1 人ずつで,すべての生徒は各学校において同順位だとする. 上の表は,各生徒の学校へ対する効用,正確にはフォン・ノイマン=モルゲン シュテルン(von Neumann-Morgenstern)効用(略称:vNM 効用)を表して いる.生徒 1 と 2 は,学校 A,B,C に入学した時にそれぞれ 4,1,0 の効用 を得る一方で,生徒 3 は 3,2,0 の効用をそれぞれ得る.これは,どの生徒も A — B — C という共通の選好順位を学校に対して持っているものの,どれだ け各学校に行きたいかという好みの強さが生徒の間で異なる状況を表している. この例においてくじ+DA 方式を使用すると,結果はどうなるだろうか.耐 戦略性が満たされているため,すべての生徒が正直に A — B — C という(同 一の)ランキングを提出する.結果的に,1/3 ずつの確率で各学校に無作為に 入学することとなる26.このときの(事前の)効用の期待値を計算すると 生徒 1,2: 4×1/3 + 1×1/3 = 5/3 生徒 3: 3×1/3 + 2×1/3 = 5/3 となり,全員が 5/3 の期待効用を得ることがわかる27. 26 この例ではすべてのマッチングが事後的にはパレート効率的なので,事後的 な効率性の観点からマッチング方式の善し悪しを議論することができない.ま た,前述した SIC 方式を用いても結果は変わらず,効率性は一切改善されない. 27 確率的な割り当てに対して,生徒たちの好みがどのように決定されるかにつ
  21. 21. 21 さて,次にこの DA 方式の結果とは異なる,次のような確率的なマッチング <M4>を考えてみよう. 学校 A 学校 B 学校 C 生徒 1 1/2 0 1/2 生徒 2 1/2 0 1/2 学校 3 0 1 0 【確率的なマッチング<M4>】 これは,「生徒 1,2 は 50%ずつの確率で学校 A および C に入学し,生徒 3 は確率 1 で学校 B に入学する」という確率的な割り当てを表している.この確 率分布のもとでは,どの生徒も 2 の期待効用を得ることが簡単に計算できる. この値はさきほどの 5/3 を上回ることに注目して欲しい.つまり,<M4>は全 ての生徒にとって,くじ+DA 方式によってもたらされる完全にランダムな割 り当てよりも事前の意味で望ましいのである.この性質を,以下のように定義 しておこう. 定義 5 (事前の効率性) 任意の確率的なマッチング A と B を考える.す べての生徒にとって,A のもとでの期待効用が B における期待効用の値以上で, 少なくとも 1 人の生徒の期待効用が厳密に大きい場合には,A が B を事前の意 味でパレート支配すると言う.ある確率的なマッチングが事前の意味でパレー ト効率的であるとは,それを事前の意味でパレート支配する確率的なマッチン グが一切存在しないことを言う. マッチングが確定的,つまりすべての生徒がそれぞれ学校と確率 1 でマッチ するとき,定義 5 は事後的な効率性(定義 1)と一致する.また,先に述べた いては様々な仮説が考えられる.ここでは,最も標準的に用いられている期待 効用理論に従い,各生徒は vNM 効用の期待値がより大きいくじを好むと仮定 する.期待効用理論に対するより専門的な解説は,ミクロ経済学やゲーム理論 の中級以上の教科書を参照されたい.
  22. 22. 22 ように,ある(確率的な)マッチングが事前のパレート効率性を満たすとき, そこから実現するどの事後的なマッチングも効率的になることが知られている 28.この意味で,事前の効率性は,マッチング理論で伝統的に使われてきた事 後の効率性では評価することのできなかったマッチング間の違いを明らかにす る,より詳細な評価基準といえる.また,上で計算した事前の期待効用は,各 生徒が(そのマッチング方式に参加することで)事後的に得られる平均的な満 足度,とも解釈することができる. 3.4 ボストン方式の再評価 実は驚くべきことに,DA 方式の結果よりも事前の意味で効率的な<M4>は, ボストン方式によって実現される結果と一致する.第 2 節で解説したように, ボストン方式は DA 方式と一見するとよく似たマッチング方式なのだが,各段 階で決まるマッチが暫定的ではなく最終的な割り当てである点が大きく異なる. このため,耐戦略性を満たさない.実際にこの例でボストン方式を用いると, 生徒 1 と 2 はランキングを正直に申告するが,生徒 3 は偽って学校 B を第一希 望とする29.この戦略の組み合わせのもとで,<M4>が実現されることは簡単 に確認することができるだろう. ここで注目したいのが,ボストン方式が DA 方式よりも事前の意味で効率的 になる理由だ.DA 方式は耐戦略性を満たすため,どんなに生徒たちの間で選 好の強さが異なっていても,各生徒は自分の選好順位“だけ”に基づいてランキ ングを提出せざるを得ない.他方,ボストン方式は耐戦略性を満たさないため, 各生徒は自分の選好の強さに応じて申告順位を変更できる可能性がある.つま り,DA 方式は(選好順位を超えた)選好の強さを一切くみ取ることができな いのに対して,ボストン方式は戦略的にランキングを操作することによって, その一部をマッチングの結果に反映させることができるのである. 28 もしも事後的に効率的では“ない”マッチング M が実現していたとすると, 事後的に M をパレート支配する他のマッチング M’が実現するように確率的な マッチングを変更することによって,事前の意味でパレート改善が可能となり 矛盾が発生する. 29 実際に,ボストン方式を完備情報ゲームと考えたときに,このランキングの 組合せが唯一のナッシュ均衡(定義 4 を参照)になっている.
  23. 23. 23 例 3 においても,「学校 A に強く行きたいと思っている生徒 1 と 2 がリスク をとって学校 A を第一希望に指定する」のに対して,「学校 B でもそれなりに 満足できる生徒 3 は確実に席を確保することができる学校 B を第一希望に選ぶ」 という形で,選好の強さの違いが戦略決定にうまく反映されていることがわか る.こうした効率性の改善は,DA 方式に代表される耐戦略的なマッチング方 式では起こり得ない. ACY [2011]はさらに分析を進め,どの学校においてもすべての生徒が同順位 として扱われ,各生徒が学校に対して共通の選好順位を持っている場合には, 一般にボストン方式が DA 方式を事前の意味でパレート支配することを示した. 具体的には,各生徒の選好の強さ(vNM 効用)が共通の事前分布に従って確 率的に実現し,生徒がランキングを提出した後に同順位がランダムに解消され る,という不完備情報モデルのもとで,彼らは以下の結果を明らかにした30. 定理 5 (ボストン方式 vs. DA 方式) ボストン方式の対称的なベイジアン・ ナッシュ均衡がもたらす確率的な割り当ては,DA 方式のもとで実現する確率 的な割り当てを事前の意味でパレート支配する31. この結果は,同順位が存在しない場合に DA 方式がボストン方式を(事後的 に)パレート支配するという定理 4 と対照的であり,同順位に関する仮定がい かに学校選択制の効率性評価に影響を与えるかを物語っている32.事前の効率 性の視点からボストン方式と DA 方式を比較した研究としては, Miralles [2008]と Featherstone and Niederle [2011]も挙げておく.どちらの研究も 30 学校選択問題のように生徒数が非常に多い状況では,(大数の法則によって) 事後的に実現する生徒たちの選好分布が事前分布に近づく.そのため,選好に ついては完備情報に近い状況を分析していることになる.ACY [2011]の不完備 情報モデルは,各学校の人気に関する予想が生徒たちの間である程度共有され ている中で,(くじの不確実性を考慮に入れつつ)各生徒が戦略的にランキング を決定する,という現実的な状況を表現していると考えられる. 31 ACY [2008]は,生徒数が無限の連続人モデルで同様の結果を示している. 32 耐戦略性を満たす DA 方式と満たさないボストン方式では,その理論予測の 信頼性が異なる可能性がある.ここでは定理 5 そのものではなく,(理論予測 としてナッシュ均衡を同じく採用した)定理 4 との違いに注目して欲しい.
  24. 24. 24 ACY [2011]と同様に,ボストン方式が DA 方式よりもより効率的な結果をもた らす可能性があることを発見している33. この他にも,同順位の有無が分析結果を大きく左右するトピックとしては, 戦略的な思考能力の問題をあげることができる.前節で詳しく解説したように, ボストン方式では生徒は選好を正直に報告すると損をしてしまう恐れがある. にもかかわらず, Abdulkadiroğlu et al. [2006]の実証研究によれば,実際の学 校選択では熟慮せず正直な選好を報告している“ナイーブな”生徒が少なから ず存在している.Pathak and Sönmez [2008]は,こうしたナイーブな生徒の満 足度が戦略的に報告をする生徒のせいで下がることを証明し,これもボストン 方式の欠点だと主張した.ただし,彼らの結論は前節の基本モデルにもとづい ており,厳密な優先順位と完備情報を前提にしている点に注意が必要だろう. ACY [2011]は,同順位が存在する場合には,生徒の一部が戦略的な虚偽申告を することによって,むしろナイーブな生徒の確率的な割り当てが改善されるよ うな例を発見している.ボストン方式において,戦略的に振る舞う生徒たちの 行動が,そうではないナイーブな生徒たちに対して負の外部性をもたらすのか, あるいは正の外部性を与えるかは,状況に依存するのである. DA 方式とボストン方式の利点をくみ取った,新たなマッチング方式の模索 も行われている.代表例の一つとして,著者自身の研究について触れておこう. ACY [2008]は,耐戦略性をできるだけ崩さずに事前の効率性を改善するような 新たなマッチング方式である,シグナル付き DA(Choice-Augmented Deferred Acceptance)方式を提案した.シグナル付き DA 方式は,選好順位の提出の他 に,(1 つだけ)選んだ学校に対して自分の優先順位を上げることのできる指定 校オプションを加えた,DA 方式の修正版となっている.具体的には,各学校 は,同じ優先順位に属する生徒たちの中で,シグナルを送ってきた生徒をそう でない生徒よりも必ず優先する34.この新方式では,どの学校に指定校オプシ 33 Akyol [2013]と Troyan [2012]は,各生徒が自分自身の選好を知る前の段階 という,さらに事前の視点(「無知のヴェール」)から比較を行い,より一般的 な条件のもとでボストン方式が DA 方式をパレート支配することを示した. 34 この方式は,同順位が全く存在しない場合には DA 方式に完全に一致する. 一方で,同順位が増えるに従って,オプションの戦略的な決定が(ボストン方 式と似たロジックで)効率性を高めるような仕組みになっている.
  25. 25. 25 ョンを使うのかは各生徒が戦略的に決めなければならないものの,学校に対す る選好順位は正直に申告するのが常に得になる,というのがミソだ.つまり, DA 方式と同様に,選好順位の提出に関しては耐戦略性が満たされる.他方で, この指定校オプションの導入が事前の効率性を大きく改善することを,理論と シミュレーションの両面から ACY [2008]は示している. 4. おわりに ここまで見てきたように,わずかこの 10 年ほどの間で,学校選択問題に関 するマッチング理論研究は一気に花開いた.特に,第 3 節で扱った同順位が引 き起こす様々な問題の解明は,近年著しい進歩を見せている研究課題である. とはいえ,理論的にもすべてが解明された訳ではない.また,学校選択問題に 関する一連の実験研究が示唆するように,生身の人間である生徒たちの選択行 動と,理論的な予測との間にはしばしば大きな溝が横たわっている35.実際の 学校選択の現場で,マッチング方式がどのように働くかということについては, まだまだはっきりとはわからないことも多い,というのが実感である. 学校選択制の研究は現在も活発に続けられており,同時に現実の制度設計や 変更も行われている.本稿でも取り上げたボストン市やニューヨーク市では DA 方式が定着しつつあり,米国では他の学区でも制度変更が進められている. 新たに学校選択制を導入する,あるいは既存の制度を変更する学区は後を絶た ないものの,どのようなマッチング方式で運営を使うべきかについて教育現場 で統一的な見解があるとは言いがたい.また,日本においては,そもそもマッ チング理論の知見が制度運営に全く生かされていないのが実情である.学校選 択研究の一層の発展とともに,そこで得られた学問的な成果が,制度設計の実 務に反映されていくことを強く期待したい. 【参考文献】 35 安田[2010]の第 3 章が,学校選択制の代表的な実験研究をまとめている.
  26. 26. 26 Abdulkadiroğlu, A., Che, Y-K., and Yasuda, Y. [2008] “Expanding ‘Choice’ in School Choice,” mimeo. Abdulkadiroğlu, A., Che, Y-K., and Yasuda, Y. [2011] “Resolving Conflicting Preferences in School Choice: the “Boston” Mechanism Reconsidered,” American Economic Review, 101, 399-410. Abdulkadiroğlu, A., Pathak, P. A., and Roth, A. E. [2005] “The NYC High School Match,” American Economic Review P&P, 95. 364–367. Abdulkadiroğlu, A., Pathak, P. A., and Roth, A. E. [2009] “Strategy- Proofness versus Efficiency in Matching with Indifferences: Redesigning the NYC High School Match,” American Economic Review, 99. 1954–78. Abdulkadiroğlu, A., Pathak, P. A., Roth, A. E., and Sönmez, T. [2005] “The Boston Public School Match,” American Economic Review P&P, 95, 368–371. Abdulkadiroğlu, A., Pathak, P. A., Roth, A. E., and Sönmez, T. [2006] “Changing the Boston School Choice Mechanism: Strategy-proofness as Equal Access,” mimeo. Abdulkadiroğlu, A. and Sönmez, T. [2003] “School Choice: A Mechanism Design Approach,” American Economic Review, 93, 729-747. Abdulkadiroğlu, A. and Sönmez, T. [2013] “Matching Markets: Theory and Practice,” in Acemoglu, D., Arello, M., and Dekel, E. (eds.), Advances in Economics and Econometrics, Vol.1, Cambridge. Akyol, E. [2013] “Welfare Comparison of School Choice Mechanism under Incomplete Information,” mimeo. Alcalde, J. and Romero-Medina, A. [2011] “Fair School Placement,” mimeo. Balinski, M. and Sönmez, T. [1999] “A Tale of Two Mechanisms: Student Placement,” Journal of Economic Theory, 84, 73-94. Chen, Y. and Sönmez, T. [2006] “School Choice: An Experimental Study,” Journal of Economic Theory, 127, 2002-2031. Dubins, L. E. and Freedman, D. A. [1981] “Machavelli and the Gale-Shapley Algorithm,” American Mathematical Monthly, 88, 485-494. Erdil, A. and Ergin, H. [2008] “What’s the Matter with Tie-breaking?
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