抄録:
目 的
ビジュアル・ナラティヴとは、やまだ(2018)によれば「視覚イメージによって語ること、あるいは視覚イメージとことばによって語ること」であり「他者と共に見る『三項関係』をつくって語りあうことで多様な視点を得ること」である。
浦河べてるの家の語りの実践で知られる当事者研究はビジュアル・ナラティヴの宝庫である。当事者研究とは「病気を体験した当事者自身が、仲間や関係者と一緒に自分の生きづらさの意味を考えたり、解消策などについて研究し合う活動」(向谷地,2015)で、素顔と実名で病名や障害を公開して語るため、当事者が「経験専門家」(野村,2017)となる。小平・いとう(2018)は当事者研究や手記・闘病記の分析を通してアンカバリー・ディスカバリー・リカバリーによる「UDR-Peerサイクル」を見出し、自己病名の分析から「しょうじひとし(症状・自分・人・仕事)とのつきあい」が重要であるとした。
本研究では、浦河べてるの家および当事者研究の実践を、ビジュアル・ナラティヴの視点からみて、その多様に外在化されたものを整理し分類することを試みる。精神障害をもつ人のリカバリーへの支援においてビジュアル・ナラティヴが果たす役割について考察する。
方 法
研究者らは、2008年から約10年に渡り、浦河町で開催の「べてるまつり」(当事者研究や幻覚妄想大会が行われる)に参加してきた。浦河町以外で開催される当事者研究全国交流集会などでも語りを聞き、資料を収集し、公開された語りの量的質的な分析に取り組んできた。やまだ(2018)が提案している考え方を参照し、浦河べてるの家および当事者研究にみられる多様なビジュアル・ナラティヴについて、公開されているものを対象に、その特徴に注目して整理・分類する。
結 果
1.視覚イメージとことばによるビジュアル・ナラティヴ
1)えがく(書く、描く)
・マンガ、アニメ、イラスト、グラフィックレコーディング(ホワイトボードを活用し、幻聴さんの姿形など体験世界が表現されることで対話を可視化する)による表現
・当事者研究の執筆は科学論文形式で雑誌や単行本に発表されることがある
・当事者研究の発表は学術学会と同様に口頭発表やポスター発表で行われることがある
・自己病名は医学用語と体験的な表現の両方からなる
2)うつす(映す、写す、移す)
・パワーポイント(写真、動画)
・映画(DVD含む)
・実写にコンピュータ・グラフィックスが加わる
・ラジオ中継のライブでは見る聞くが同時にある
・スカイプで遠隔地の当事者とリアルタイムで対話する
・テレビで放映(NHK教育番組やニュースなど)される
・バーチャルリアリティによる360度映像で疑似体験
「統合失調症『幻聴さん』とつきあう日常」、「統合失調症 幻聴をことばにして、みんなのものに」(NHK VR)
https://www.nhk.or.jp/vr/
2.身体を活用するビジュアル・ナラティヴ
1)あそぶ(演じる)
・即興性を特徴としたプレイバックシアターやロールプレイでは、身体を活用して、幻覚や妄想を演技だけでなく、衣装や小道具などの色や形などにより豊かに表現し、声による語りやオノマトペ(幻聴さんがぞろぞろ、わいわいがやがや、など)による表現も見られる
2)まとう(着る、着ける)
・幻聴さんイラスト入りTシャツやポロシャツを着る
・幻聴さんの形のバッジを身に着ける
3)あじわう(食べる)
・幻聴さんクッキーのついた幻聴パフェ(幻聴さんを味わう)
3.多様な方法で表現するビジュアル・ナラティヴ
1)かなでる(演奏する)
・バンドの演奏に映像(パワーポイントなど)が加わる
2)うたう(歌う)
・当事者作詞の替え歌により病いの語りをする
・「幻聴さんありがとう」と症状とのつき合い方を歌う
・歌詞がパワーポイントで映像とともに舞台に映し出される
考 察
やまだ・山田(2018)は「並んでおなじものを見る関係をつくることで、語りの共同生成がしやすくなる」として「三項関係ナラティヴによる新しい心理支援モデル」を提案している。同様に、向谷地(2015)は当事者研究においては「並立的傾聴」を提案し「横並び」の関係を重視している。当事者研究におけるビジュアル・ナラティヴは、受け手(聞き手)にとっては経験の共有が容易になり、語り手(当事者)にとっては自己開示の経験を通して「人としてのリカバリー」(Slade,2013/2017)のプロセスへの道程を導く。「UDR-Peerサイクル」(小平・いとう,2018)においては特に「ならぶ」関係となる仲間(ピア、聞き手、読み手)の存在が重要である。
※本研究はJSPS科研費15K11827の助成を受けた。
引用文献
小平朋江・いとうたけひこ(2018) 神障害をめぐる「家族のストーリー」におけるアンカバリー(公開)・ディスカバリー(発見)・リカバリー(回復)第13回日本統合失調症学会
やまだようこ(編)(2018)特集ビジュアル・ナラティヴ:視覚イメージで語る N:ナラティヴとケア 第9号 遠見書房